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〜今回のインタビューは、道の駅全体のお話について岡本さん、物産に関するお話を小池さん。鹿島に詳しいお二人にインタビューをうかがいます。まずは岡本さん。こういうインタビュー
ってよく受けられるんですか?

岡本さん ※以下略(岡)テレビの取材は結構ありますよ。雑誌、新聞も多いですね。道の駅としては少ないけど、干潟を使った体験ということで“旅行もの”はよく来られますよ。この間も「でぶや」が来たでしょ、「旅サラダ」でしょ、「うるるん体験記」は11月に放送するって言ってたなあ・・。

〜あのー・・・。今日は、道の駅ということでお願いします。道の駅同士の交流ってありますか?

(岡)はいはい。交流に関しては、すこーし始まってるみたいだね。従業員までは定着してないけど。今は代表者同士の交流というか、話し合いを中心にね。「道の駅向上会議」といって、各県単位でテーマを決めて活動してるよ。佐賀県では「研修」だね。従業員の接客マナーの向上を目指してやってる。




〜まずは「道の駅鹿島」の“施設”について教えて下さい。


(岡)はいはい。最初にできたのが「物産館」。ここは、建設当初は道の駅ではなくって、鹿島市がお金だして建てたんですよ。そのあと、ふるさと創世事業で展望施設がある「レストラン」をつくった。そうこうしてると、物産館がある程度収益を貯めてたんで、物産館の向かいに千菜市(せんじゃいち)をつくった。まあ、そんな感じかな。

〜千菜(せんじゃ)ってなんですか?

(岡)自分たちでやっている家庭菜園の事をこの辺では千菜畑っていうんだけど、そこでできたものを売ろうっていうのが、話のはじまりなんでね。売ってるものは、主に鹿島・七浦地区の生鮮品だな。

〜平成6年の4月、佐賀では初めての道の駅認定ですね。

(岡)ここからちょっと、3キロくらい先に行ったところに物産販売してる施設があるんだけど、役所がお金をなんぼか掛けてつくってるみたいなんだよね。でも、うちにはなんもくれんかった・・・(笑)だからうちは、鹿島市と七浦地区振興会の出資で、大きな補助がないまま道の駅としてのスタートをきったんです。そういうことも手伝ってなのか、基本的には「道の駅」というかたちでの感覚が“ウスイ”んだよね(笑)。なんちゅうかな、道の駅を作ろうっていう、意識っていうかな・・。そういうステップを踏まずに始まったからね。いまどきの道の駅は金かけて、りっぱなものができてるのかもしれんけど、うちは最初から手づくり。一つひとつ自分達でやってきたという自負はありますね。手づくりなので、各施設の統一感もばらばらだったりするけど、ばらばらもまた良さなのかもしれんね。地域振興って思いでみんな集まって、道の駅としては素人の集団なんだけど、ビジネスライクなところにはない“人間の温かみ”ていうのはあると思うよ。まあもちろん、マイナスも多いとは思うけど(笑)

〜アットホームな道の駅。苦労も多そうですね?

(岡)やっぱり接客っていうのはある意味きついよね。販売員の研修とか、ぜんぜんしてこなかったもんね。ぶっつけ本番って感じだから。ある意味、独特な運営形態なんだけど、組織自体が流動的なんでね。そんなかたちの中で、私は企画開発部的な役まわりをしているんです。
干潟体験と企画開発が担当
リーダーの岡本さん。
物産館の内部。
海苔などの加工品がいっぱいです。