今回のクローズアップは、福岡県の「道の駅・豊前おこしかけ」です。駅長の白石道雄さんは、以前、当サイトの「道の駅調査隊」でも紹介したように、九州の道の駅の創世記を知っているお方。
いったいどんなお話が飛び出したでしょうか…。


〜日曜のお忙しい中でのご協力、本当にありがとうございます。まずは、いつもの質問、白石さんは駅長になるまで、どんなお仕事をしていらしたんですか?

白石駅長(以下:白):関西の大学を出てから10年ほど銀行で働いていました。地元である豊前に戻って来たのは35歳くらいの時、実家のガソリンスタンドを継ぐことになったんです。当時からふるさとのために何かできれば…という思いがあって「青年会議所」や「ロータリークラブ」、「豊前の明日をつくる会」など、地元をバックアップする活動に参加するようになりました。
「道の駅をつくろう」という機運がもりあがったころ、私は60歳を過ぎ、仕事の第一線からは退いていました。ですから当初、地域振興の役に立てればという思いで、単に出資者の一人としてこの事業に参加していたんです。そうこうしているうちに、「暇そうだから、オマエやれ!」ということになっちゃって…。 だけどまさか、自分が地域を代表する道の駅の駅長になるなんて、思ってもいませんでしたよ。(笑)



〜「道の駅豊前おこしかけ」が誕生した頃といえば、道の駅について確固としたイメージも定まっていない時期ですよね。当初はご苦労も多かったのではないでしょうか?

白:そりゃあもちろん、たくさんありましたよ。もともと、地元の方の道の駅に対する関心はゼロでしたし、「うまくいくワケがない!」と、反対する方も多くいらっしゃいました。もともと地域の人たちの気風がのんびりしているせいなのか、地域経済の空洞化や過疎化への危機を道の駅によって立て直そうという風潮も、とても希薄なものでしたからね。
ただ、あまり神経質になると何もできなくなるから、とにかく自分が地域のためと思えることなら、『やっちゃえ!』という心意気ですすんできました。
もちろん私自身も、最初はわからないことだらけでしたけど、『地域とどう同居していくか?』ということを常に考えながら問題に取り組んできました。
楽観主義的な性格だからこそやれるのかもしれないですね。とにかくわからないことは、色んな人に助けを求めました。お弁当一つにしても、旅館のおやじ、豆腐屋、お茶屋、漁師などに一品ずつ出し合ってもらったり…といった具合です。
最初に我々の方から『何かやらなくては!』という思いを投げかけると、みんなが集まって考えてくれるものなんです。次第に何も言わなくてもみなさんの方からアイデアをくれるようになってきました。
生産者との密接なやり取りが、相乗効果として自分の中に新しい風を吹き込んでくれた気がします。次のステップへどんどん進めるようになったし、この人にはこれを頼んでみよう!という、理想的な循環が生まれるようになってきました。
今では「道の駅を良くしていこう!」という意志のもとに、いろんなアイデアを出し合うことが一種のコミュニケーションツールとなって、みんなの意志をつなげてくれているんだと感じています。


〜なるほど。地域の人がどんどん携わることで、「おこしかけ」が発展してきたわけですね。では、白石さんの考える「おこしかけの魅力」とは、一体なんでしょう?

白:そうですね、海や山に恵まれた自然風土でしょうね。
肥沃な土壌が川を流れて海に流れ出す。ここ豊前は、山の幸から海の幸まで、おいしい食材が揃う土地柄なんです。
その中でも今一番私が注目しているのは、道の駅でも販売している「轟の米」。このお米は急な山の斜面にある棚田でつくられています。この棚田では彼岸花をみることができますが、彼岸花の根は毒性があるからミミズがよってこないんです。そうするとモグラに稲を傷つけられることもないんですよ。
これは昔からの知恵の結晶で、この地域の昔ながらの風景を生んでいるんです。だからここで収穫したものには ・・・、次のページへ



>>>>


●白石駅長:いつも元気に駅内を見守っています。

●アーチ型の大屋根が特徴的な全天候型広場。週末には露店が並びにぎわいます。

●今やおなじみの「棚田ゆず」を使った特産品も豊富です。