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〜今回は道の駅の駐車場やトイレ、情報提供など整備されている道路管理者の方に道の駅に関してお話を伺いました。


九州地方整備局の道路部長さんというのは、どういうお仕事をされているんですか?

吉崎部長さん ※以下略(吉)どう申し上げたらいいんでしょう。九州の道に関する「なんでも屋」というか、将来のネットワークや道の使い方などに関する戦略立案などを中心として、毎日仕事に追われています。国の直轄事業という面でいいますと、国道の建設や管理は、前線としての事務所が直接担当しておりますが、事務所の数も多いのでその調整なども大事な仕事だと思っております。また平成12年の省庁再編を機に、それまで「霞ヶ関(=本省)」が担っていた仕事の相当部分が地方整備局に移されました。例えば、県道の補助など、以前は県のご担当が直接「霞が関」に赴いて予算要求をされていたのですが、今では私ども(地方整備局)にお話を持ってきていただき、それを私どもがとりまとめて「霞ヶ関」と調整しています。さらに、道路というのはネットワークですから、例えば高速道路単独で、あるいは国道単独で眺めていても、課題を把握することはできませんし、将来計画の合理性も説明できません。高速道路、国道、県道、市町村道の全体をひとつのネットワークとして見て、初めて正確な課題認識、合理的な将来計画の立案が可能になると思っています。ですから、西日本高速道路株式会社(以前の道路公団)や各県との情報共有化、調整などはとても大切な仕事です。例えば、西日本高速道路株式会社の建設スケジュールは、私どもの国道事業のスケジュールを立案する際に欠かせない情報となるわけです。生活道路から高速道路まで視野にいれた仕事という意味で、冒頭「九州の道に関する何でも屋」と申し上げました。


〜やはり、そういうお仕事の中で「道の駅」というのは、異色な存在ですか?

(吉)「道の駅」という施策が始まった当初は、確かに一風変わった事業というイメージが強かったかもしれませんね。というのも、道路事業が初めて沿道(道路の外側)とコラボレーとした施策でしたから。それまでは、道路管理者はずいぶん「引っ込み思案」というか、道路区域の中への「ひきこもり」傾向がありましたからね(笑)。だけど、今では道路計画を議論する際のスタンダードとして、道の駅が織り込まれてきていると思います。道の駅が持っている潜在的なパワーをまだ十分出し切れていない面はあるかもしれませんが、それでも道路計画を議論し方向性を見極めようとする時に、道の駅の有無は大きな判断材料になっています。「異色」かどうかは別としても、いまや道路網の中で、非常に重要な構成要素の一つになっていることは間違いありません。

吉崎道路部長さん


〜部長さんは、道の駅の発足に大きく関係されているそうですね。当時のお話を聞かせて下さい。

(吉)平成3年頃に「第11次道路整備5カ年計画」の立案作業に参加しておりました。若手補佐が分野ごとにチームを組んで、新たな道路事業の姿を模索して喧々囂々の議論を重ねていました。そのときひとつの論点として、道の空間をどのようにとらえるか、これまでのように法律上の道路区域の中だけで考えるのか、それとも沿道と一体的に考えるのか、というものがありました。同時に、道の機能をどのように位置づけるのか、これまでのように交通機能(流れ)に特化するのか、それとも「たまり」の機能も付加すべきなのかというテーマもありました。偶然なんですが、これらのテーマの担当が、私と道路部長の前任である岡本さん(現道路局企画課長)でした。その際の結論は、「たまり(場)」というものを道路機能の一つとしてきちんと位置づける必要があるんじゃないかということ。それまでは、例えば渋滞ポイントで生じる「フンづまり」を解決すること、流れを円滑にすることが、極端に言えばそれだけが道路事業の役割だと思っていたわけです。山間部のトイレや、休憩用の駐車場などの必要性は分かっていましたが、それはあくまで「流れ」の一要素、「流れ」を補完する機能としてとらえていたわけです。


〜その議論が、道の駅へとつながるわけですね?

(吉)「みちのえき」という言葉は、もともと中国地方で、まちづくりに関する勉強会の中で出てきた言葉と聞いています。「鉄道に駅があるように、道路にも駅があっていいじゃないか」というのが最初だったそうです。ただ、当然ですがその時点では施策内容が必ずしもきちんと整理されておりませんでした。この話を民間の方から持ちかけられた道路局のある幹部が、私を呼んで「道の駅をやってみる気はないか」と声を掛けてくださったのが「道の駅」との最初の出会いです。「分かりました。で、何をすればよいのですか?」と問う私に、「だから!それを考えろと言ってんの!」とのことでした(笑)。いずれにしても、「道の駅」という言葉は大変刺激的な、想像力をくすぐる響きを持っているなと思いました。そのとき、さきほどの論点と、「道の駅」という言葉がピッタリとはまるのではないかと思いました。これらをドッキングできたら、とても面白いことが始められるという予感も。施策のイメージも、どんどん広がりました。ただ、当時は既にバブル崩壊の予兆が見え始めていた時期でしたから、自治体に過剰な投資を迫るような施策にはしたくないと考えていました。それぞれの道の駅は「身の丈にあった」サービスを提供するのですが、ドライバーが複数の道の駅を連続して利用すると、ひとまとまりの高品質なサービスを手に入れられる、そんな仕組みにしたいと思ったり。つまり、道の駅が連携しての「サービスのリレー」という考え方ですね。最初のイメージは、例えば東京から埼玉の熊谷を通って最後は新潟まで行く国道17号というのがありますが、埼玉の深谷は「深谷ネギ」で有名です。群馬には、こんにゃく・しらたきで有名な子持村があります。これらのまちに道の駅ができて、それぞれの駅ですきやきの食材を購入しながら新潟まで行けば、全国でも一流の「すきやき具材」が調達できる、とか(笑)。勿論、食材に限りません。神話でもよいし、風景でもいい。道の駅を通して「道の性格」が見えてくるような、その道に固有のストーリーをつくれないだろうかと思っていました。

〜スタ−トまでには、いろいろとエピソードがあるそうですね。


(吉)以前赴任していた飛騨高山で、仕事でおつきあいの深かった周辺市町村の土木課長さん方にお集まり頂き、実験していただくようお願いしたことがあります。その内容は、農協のトイレをドライバーに開放したり、婦人会のみなさんに穫れたての農産物を販売してもらったり、「道の駅」と書いたノボリ旗を道路沿いに立てて、ドライバーの反応を確認したり、といったものです。この実験で、「道の駅」という言葉が持つ力に確信を持ちました。トイレの利用に対して支払う志(こころざし)の額が男女でずいぶん違っていたりなど、面白いデータもとれたので新聞社に公表しましたら、それが結構大きくとりあげられまして。その時点では実験に過ぎなかったのに、もう施策として動き出していると勘違いされた地方自治体や国会議員の方からも、たくさん問い合わせがありました。そうこうしているうちに幹部から呼び出しがあって、「ちょっと来い!誰がこういうことやってんだ」と。この実験、軽い気持ちで上にあまり相談もせず、勝手にやっていたものですから・・・。


多忙な中、お時間を作っていただきました。